プライベート用のMacBook Airに入れているChatGPT Atlasというアプリを開いたところ、ChatGPTの使用日数が「1111日」と表示されていた。
昔のインターネットには「キリ番」という文化があった。
ホームページのアクセスカウンターがちょうど1000や10000になった瞬間を「踏んだ」人が、掲示板で報告して盛り上がる、そんな時代があった。
そんな時代からインターネットに触れてきた身としては、1が四つ並んだ画面にワクワクしてしまい、思わずスクリーンショットを撮った。

気づけば、初めてChatGPTに触れた日から、もう3年以上にもなるらしい。
この記事では、この1111日でAIについて感じたことを、行政書士としての視点も交えて正直に書いてみたい。
1.最初は使いにくかった
リリース直後は「思ったより使えないな」という印象で、Google検索で十分と思い、あまり触れなかった。
それが今や毎日何かを聞いたり調べてもらったりするようになり、完全に日常に入り込んだ存在になっている。
不思議なものだ。
普通に質問文を書くだけで検索できるというのはとても便利である。
最初はAIの回答は信頼性が低いと思っていたが、今やGoogle検索の検索上位もよくわからないまとめブログの記事ばかりだ。
多くの人に見られているのかもしれないが、誰が書いたのかも分からない、信頼性が未知数の記事であることが多い。
ブログ記事は思っていたような内容ではないことも多いし、どちらにしろ書いてある内容の正確性を自分で判断しなければならないなら、質問の趣旨を汲み取って、それに合わせた回答をすぐに提示してくれるAIの方が便利、というのが私の今の結論である。
2.AIごとに答えが違う
しかし、良いところばかりではない。
特定行政書士試験の勉強をしていた際、公式解答が公表されていない過去問について、ChatGPT・Copilot・Geminiの3つに解答と解説を作らせてみたことがある。
すると、答えが割れる問題が出てきた。
さらに解説の根拠として条文や判例を明示するよう指示したところ、存在しない条文や最高裁判例まで挙げてくるケースがあった。
その時は試験勉強が目的であり、もともと一定の知識もあったため、知らない情報は裏を取ろうという方針で使っていた。
そのため創作条文や創作判例にも、すぐに気づくことができた。
しかし、毎回毎回いちいち裏を取るのは現実的ではない。
特に仕事で時短や負担軽減を目的に使っていると、「自分の知らない情報まで見つけ出してくれる」とか、「自分では見つけられない情報まで知っている」などと、そのまま受け入れてしまう可能性もある。
AIは誤りであっても自信満々に言い張り、間違いを認めないことがある。
こうした挙動を理解しておかないと、使う目的や使い方によって、同じツールが強力な補助にもなれば、大きな失敗の原因にもなる。
3.法改正に未対応なことがある
AIは古いルールを正しいものとして譲らないことがある。
改正後の内容を示しても「それは誤りです」と断定してくることもあった。
場合によっては「議論はされているが、まだ改正されていない」と、自信を持って言い切ることもある。
こちらがURLなどの根拠を示してようやく認識を改めてくれるのだが、間違いを認めさせる段階に至るには、AIの回答を間違いだと断言し、正しいと言い張られても引かずに何度も指摘し続けるだけの、裏付けのある知識と自信が必要になる。
法律実務において誤りは致命的になり得る。
AI自身も、特に法律と医学については鵜呑みにしないよう注意喚起している。
「AIが大丈夫と言っているから」で済む世界ではない以上、この点は今も最も注意が必要な部分の一つだ。
4.平均点の回答は本当に正解なのか?
文章作成を任せても、なかなか自分の意図する方向にはならないことがある。
個性やオリジナリティを出そうとすると、AIはそれを平均から逸脱した誤りと捉えるのか、AIの中にある正解へと修正してしまう傾向がある。
不自然に感じるAI文体を自分なりの文体に直してもう一度見せても、また元の文章に戻してくる、というのは日常茶飯事だ。
平均的な文章で十分な場面なら、それでも問題はない。
高得点を狙わず、とりあえず単位が取れればいい講義のレポートくらいなら、AIの提示するテンプレート通りの内容でも十分だろう。
しかし高得点を狙いたい場合には、オリジナリティが必要になることもあるし、平均的な答案にはないレベルの高い内容を書くことで評価されることもある。
就職活動のエントリーシートのように、本来は人によって内容が異なるべき場合も同様だ。
評価の高い人に共通する内容でも、自分には当てはまらないことがある。
逆に、自分ならではの経験や強みがあっても、AIが勝手に見つけて書いてくれるわけではない。
結局、自分の強みは自分で認識し、意識して表現するしかない。
最近話題になっている大学のレポートにおけるAI利用も、ある意味で過渡期の問題だと考えている。
使う人と使わない人が混在する状況では、公平な評価は難しい。
しかし将来、AIの利用が前提になれば、AIが出す「平均点の回答」はスタートラインになる。
それ対してどのような内容を付け加え、どう修正をしていくのかが評価される時代になるのではないか。
これは行政書士を含む事務職の仕事全体にも通じる話だと感じている。
5.挙動が安定しない
AIは進歩が早いが、毎日着実に良くなっていくというイメージとは少し違う気がする。
どちらかというと、一進一退、トライアンドエラーだ。
あるところを変えてみたら別のところに悪影響が出て、それを直すために今度は別のところを変えてみる。
おそらくそんなイメージに近いのではないだろうか。
だから、先週できていたことが今週できなくなることも珍しくない。
短期間で挙動が変わり、昨日まではこちらのツールの回答が良かったのに、今は別のツールの回答の方が良い、と感じることもある。
現状では、複数のAIを同時に使いながら、その時々の最適解を探し、一番良いものを選んで使う、という運用が現実的だろう。
6.AIを使いこなす人へ
今では、AIは「なくてはならない道具」になっている。
マクロや簡単なプログラムを書く際、やりたいことを伝えてひな形を作ってもらい、必要に応じて修正して使うようにすると、私くらいのレベルでは最初から自分で書くのに比べて圧倒的に楽だ。
一方で、「何でもAIに任せれば安心」とは到底言えない。
出てきたものがどこまで使えるかは、その時々の用途に求められる正確さに応じて自分で判断しなければならない。
要約一つにしても、思ったようなものを作ってもらおうと思えば指示の出し方に工夫が必要になったり、何度もやり取りをして修正を重ねなければならなかったりする。
かつてGoogle検索でも、みんながなかなか見つけられない情報を見つけて驚かれた経験がある。
AIにおいても、自分が欲しいものを得るには使いこなすためのコツやスキルが要求され、そこに個人差が出てくるだろう。
AIは入力された情報に対する回答を返すだけで、そもそも何を入力するかを決めるのは人間である。
仕事の場面において、依頼者の話を聞き、背景を理解し、必要に応じて新たな情報を引き出し、それをもとに判断する。
この部分はやはり人間の役割であり、今後もそれぞれの能力評価の対象となる部分だろう。
AIが出す平均点の文章が「最低限」になる時代が来たとき、行政書士をはじめとする専門職の価値は、そこにどれだけ付加価値を上乗せできるかにかかってくる。
自分で言うのも何だが、私は字が汚いので、デジタル化が進んだ現代にはとても助かっている。
昔は字が汚い人のために、きれいな字で清書したり代筆したりする仕事があったそうだが、その仕事はワープロやパソコンの普及によりなくなった。
それと同じように、AIが簡単な書類を作ってくれる時代になれば、そのレベルで足りる書類作成の仕事もなくなるだろう。
しかし、先の「字のキレイさ」の例で言えば、「字のキレイさ」によって書類の評価に差が生じることがなくなった分、書類の中身の質がより問われるようになったとも言えるだろう。
AI時代においては、AIの回答レベルでは、もう良くできているとは評価してもらえない。
そこからどこを修正するかに価値が生まれる時代になる。
便利な道具であるほど、結局はそれをどの程度使いこなして自分のミッションに役立てられるかということが問題になる。
そして、それによりどれだけ質の高いものを生み出せるかが問われるようになるだろう。
1111日経った今、「道具に使われるのではなく、使いこなす」というありきたりな言葉が、AIという最新の道具においても、やはり正しいのだと感じている。


